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ユリの花咲く

第2章 瑞祥苑

6時5分前、事務室の脇にある通用口の扉がノックされた。

「時間には正確ね」

宮沢施設長が言いながら、扉を開けた。

「どうぞ」

面接に来た黒木祐次が、入ってきた。

「本日はお忙しい中、お時間を頂きまして、ありがとうございます」

黒木が深々と頭を下げる。

「いいえ。
さあ、上がってくださいな」

宮沢が中にいざなう。

失礼します、と言って黒木はスリッパに履き替えて、宮沢の前に腰をおろした。

スーツは着ていないが、白いワイシャツに紺のスラックス姿で、清潔感のある人だ。
身長は、拓也より少し高くて、175 センチくらい。
顔は、美男子ではないが、柔らかそうな眼差しが好印象だ。

「面接なのにスーツじゃなくて申し訳ありません。少し経済的に厳しくて、準備出来ませんでした」

黒木が、素直に自分の欠礼を詫びる。

確かにアルバイトではなく、正社員としての面接だし、スーツ着用というのは社会人としての常識だ。
身嗜みを整えると言うのは、面接を受ける会社に対する敬意を示す意味もあるのだ。

けれど、残念ながら、デイサービスに面接に来る人は、カジュアルなふくそうで来る人が少なくない。
常識をわきまえていないのか、これから働こうと言う会社を端から舐めているのか、定かではないが。

その点、まず黒木が自分の欠礼を詫びた事は、好感が持てた。

宮沢も、私と同様らしく、笑顔でそれに答えた。

「構わないですよ。人それぞれ事情がおありでしょうから。それじゃ、始めましょうか」

「はい、恐縮です。よろしくお願いします」
黒木が再び頭を下げた。

その時、フロアー側のドアがノックされて、遥が声を掛ける。

「面接中、失礼します。コーヒーをお持ちしました」

「ああ、遥ちゃん、どうぞ」

宮沢の声を聞いて、遥がコーヒーを運んできた。

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