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ユリの花咲く

第2章 瑞祥苑

家に帰ると、玄関で全裸になり、真っ先にシャワーを浴びる。

その間に、制服のジャージとポロシャツを洗濯機にかける。

介護と言う仕事は、服や身体に何が着いているかわからない。

時間に追われていると、知らぬ間に、便が付着していたり、利用者さんの唾液が着いていたりする。
老人になると、皮膚がカサカサになっていて、その剥離したものがジャージ等に白く着いている事もよくある。
それに、感染症も怖い。
入浴介助のために、利用者さんの浸かったお湯に足を浸すこともある。
時には、浴槽内で失禁してしまう人だっているのだ。

それらを部屋に持ち込まないために、私たちはそう取り決めているのだ。

私たち・・・つまり、私と遥のこと。



遥がデイサービス『瑞祥苑』に来たのは、2年半ほど前。

来た当初は、元気もあって、利用者さんの受けも良かったのだが、3ヶ月を迎える頃から、ボーッとしていることが多くなった。
仕事にも熱が入らず、私が叱ることも少なくなかった。

介護という仕事は、技術的にそれほど難しい事ではない。

主な仕事は、食事や入浴、排泄介助であり、多少の上手い下手はあっても1ヶ月もあれば、大抵はマスターできるのだ。
ただ、それを適切なタイミングで、適切な方法で行うのが大変なのだ。

元々、認知症や統合失調症等の精神の病を抱えた老人が相手である。

食事の時間なのに、食べようとしない人もいれば、早々に終わって人の物を取ろうとする人がいる。
食事介助では、スプーン等で食べさせるが、どんどん食べるからといって安心はできない。

老人によくあるのが、誤嚥というトラブルだ。
通常、飲み込んだ食べ物は食道から胃に流れるように、人間の身体は出来ている。

ところが、たまにそれが上手く行かずに、気管に侵入してしまうのだ。
普通なら、噎せたり咳き込んだりして、気管への異物の侵入は防がれるのだが、
反射の衰えた老人の中にはそれがなく、簡単に気管を通過してしまうのだ。

当然、異物は肺に到達し、炎症を起こす。
『誤嚥性肺炎』である。
こうなると、命の危険に直結する。

そうならないために、食事介助には細心の注意が必要になってくる。




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