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ユリの花咲く

第2章 瑞祥苑

遥は、仕事の覚えは早かった。

ほんの2週間程で、主だった仕事は完全に覚えた。

しかし、最近は仕事に身が入らない。
2~3ヶ月して仕事に慣れてくると、嫌な部分が見えてきたり、マンネリ化してきて、そういうことがあるのは、他の職種でも同じだ。

だが、ニュース等でよく見るが、介護士のほんのちょっとした気の緩みが、死亡事故に繋がる。


あの日も・・・・。

遥は朝から、特に仕事に身が入らず、ちょっと手が空くとあらぬ方向を見て、ぼんやりしていた。

レクリエーションの時、私が利用者さんの相手をしていると、
橋本 陽子という利用者さんが、モジモジしている。

彼女は、穏やかな利用者さんで、いつもニコニコしながらレクリエーション等に参加するのだが、あまり自分の要求は言わない。

足が悪くて、自立での歩行は困難だから、動くときには必ず介助が必要だ。

彼女がモジモジするのは、お手洗いに行きたくなった時の仕草。
とてもわかりやすい仕草だから、ちょっと注意をしていれば、すぐにわかる。

仕事に集中していない遥は、それに気づかずにいた。

「遥!橋本さん、トイレよ」
私が注意した。

我に返った遥は、慌ててトイレに連れていこうとした。

普通足の悪い利用者さんの歩行誘導をするときには、相手に自分の腕を持たせ、介助者は相手の肘をしっかりと持つ。
こうすると、お互いの身体が安定し、バランスを崩すことも少ない。
もし、バランスを崩しかけても、修正は比較的容易にできるのだ。

何度も遥には注意したにも関わらず、遥はその時、橋本さんの手首を握って、ソファーから立たせようとした。

私が気づいた時は、もう遅かった。

「きゃあ!」
橋本さんが声をあげて、ソファーから転がり落ちた。

「ああ!橋本さん、ごめんなさい!」
オロオロする遥を押しのけて、私は橋本さんを抱え起こして、トイレまで連れて行った。

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