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ユリの花咲く

第2章 瑞祥苑

「いやだ、もうこんな時間!」

時計を見て、焦る私。

遥の夜食を作っている最中に、
出会った頃の思い出に浸っていて、手がお留守になってしまった。

慌てておかずのしょうが焼き、玉子焼きを弁当箱に詰め、ご飯を入れて完成させる。

「野菜がないけど、ま、いいか。確か瑞祥苑の晩御飯に大根の煮付けがあったから」

自分で言い訳して、納得する。


本当をいえば、夜食のお弁当は必要がない。
瑞祥苑の夕食は、夜勤者の夕食分も余分に作ってある。
老人向けの量は、スタッフには少なすぎるので、ご飯は多めに残っている。

ただ、私の場合は、遥に美味しいものを食べさせたくて、こうしてお弁当を届けている。

いや、それは違うか。

本当は、遥に逢いたいから・・・。


私は、お弁当を持って、自転車に飛び乗った。

瑞祥苑まで、15分程。

その道のりが、今日は長く感じる。


瑞祥苑に着いて、私は事務所側の入り口から、足音を忍ばせて入る。

せっかく利用者さんが眠っているときに、うっかり起こしてしまい、また不穏になったりしたら困るからである。

フロアーに行くと、遥が携帯をいじっていた。

「ごめんね、遅くなって」

私が言うと、遥が唇を付き出した。

私は軽くキスをして、お弁当を拡げた。

「美味しそう!有紀、ありがとう」

遥がてを合わせた。

「今日は面接で遅くなったから、ちょっと手抜きだよ」

「いいの。あたし、お弁当もうれしいけど、有紀に逢えるのがいちばんうれしいもん」

どこまでも、かわいい。

遥とこうなって、3年近い。

飽きがきたり、マンネリになったりしそうなものだけど、
私には少しもそんな感情はない。

毎日が、しあわせだ。

遥も、きっと同じだと思う。

だって、私が夜勤の時には、遥が来るんだから。

私が、来なくても構わないから、家でゆっくり過ごして、
と言うと、遥は
「もうあたしを愛してないの?」

と、拗ねて見せるのだ。

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