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ユリの花咲く

第3章 新人がきた

黒木と深津さんを帰らせると、遥がキスをせがんできた。

利用者から見えないように、私は軽く唇にキスをして、遥にハッパを掛ける。

「さあ、遥。先に就寝介助しないと。今日は日高さん泊まりだよ」

「あ~、そうだったぁ。日高さん、最近、ホントに寝ないんだ!憂鬱~!」

遥が絶望的な顔になった。

日高辰夫さん、82歳。
日中は穏やかで、利用者さん同士のコミュニケーションも悪くはないのだが、夜になると、帰宅願望が激しい。

運が良ければ、睡眠薬ですぐに入眠して、5~6時間は安泰だが、そんな時は滅多にない。
何とか納得させて寝かし付けても、1時間もすれば目を覚まし、家に帰るとごね始める。
そうなると、30分毎にトイレに行き、その音で、他の利用者さんの睡眠を妨げる。

奥さんと2人で暮らしていて、自分が外泊すると妻が浮気をすると信じているのだ。

老々介護に疲れた奥さんを、少しでも休ませるため、いわゆるレスパイトケアとして、週に2~3日お泊まりを設定している。

それは仕方の無いことだが、本人が眠ってくれないと言うのは、介護士にとっては地獄である。

瑞祥苑の夜勤は、基本的にひとり(ワンオペ)なので、朝まで全く眠れない事もある。
それどころか、トイレにいくことすら、ままならないのだ。

遥は、日高さんにパジャマに着替えさせ、トイレに誘導した。
戻ってくると、温かいミルクで睡眠薬を飲ませる。
もちろん、医師から処方されたもので、スタッフが勝手に飲ませている訳ではない。

「さあ、寝ましょうか」

遥が、ベッドに寝かせるが、すぐに起き上がって
「俺、帰るよ!」
と、パジャマを脱ごうとする。
「日高さん、今日はお泊まりだよ」
遥が言うが、聞く耳をもたない。

「いや、帰らんと千恵(奧さんの名前)の所に間男がき来おる!」

「大丈夫よ、あたしが夜中に見に行ってくるから」

「いや、信用できん!」

「そんなこと言わないで。はるか、日高さんが居ないと寂しいよぉ」

遥は嘘泣きをして見せる。

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