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ユリの花咲く

第3章 新人がきた

作業する遥の身体を、山田は舐めるような目で見つめている。

「山田さん、こっちに来て!」

手を掴んで、山田をフロアーに引きずり出して、遥が見えない位置に座らせる。

「もう少し寝かせてくれよ」

そう言って立ち上がろうとする山田を制止して、私が言う。

「ちょっと座ってなさい!あなたのベッドをキレイにしてるんだから!」

私は山田を睨み付ける。


介護士は無力だ。

病院と違って、利用者さんを拘束することは許されない。
すぐに暴力が出る利用者さんに対してでも、拘束具を利用して動きを封じることは出来ないし、
カギを掛けて部屋に閉じ込めることも許されない。
厳密にいえば、ベッドの転落防止柵ですら、拘束に当たる。

介護施設で、事故や事件が起こる度に、締め付けは厳しくなり、
利用者の人権という名のもとに、介護士の人権は喪われていく。

腫れ物に触るように利用者に接することを求められるのに、
万一、利用者が自分で動いたせいで、怪我を負っても責任は介護士にかかってくる。

利用者は、『お客様』ではない。

確かに、利用者やその家族の依頼を受けて報酬と引き換えに介護という商品を提供するビジネスではある。
しかし、ホテルや遊戯施設と根本的に違うのは、それが本人の希望に依らない言うこと、そして、利用者の殆んどが認知症や統合失調症等の疾患を抱えているという事だ。

正常な判断力を伴わない人を、本人が望まない施設で預かる。
しかも、そこのスタッフには、何の強制力も与えられてはいない。
仕事に対する熱意と、その人の人間性、そして経験から習得したスキルが、武器の全てなのである。

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