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ユリの花咲く

第5章 救急搬送

田辺さんは、そのまましばらく入院することになり、瑞祥苑には日常が戻ってきた。

田辺さん態勢で敷いていた、夜勤者以外の泊まり込みも解除になり、スタッフの間の張り詰めた空気も、少し緩和された。

私も、肩の荷が降りて、緊張感からは少し解放されたのだが、
どういう事情であれ、最後まで田辺さんの介護を全う出来なかった事が、心の奥で燻っていた。

今回の事は、いわば不可抗力だったし、
幸いにも田辺さんは命を取り留めた。

恐らく、介護士として責められるような落ち度はなかったと自負しているし、
宮沢施設長や吉岡ドクターからも、対応が早かったと褒めてはもらえた。

ただ、私の中では、
もう少し何か出来ることはなかったのか?
未然に防ぐことは出来なかったのか?

そんな疑問が澱のようにたまっていた。

宮沢施設長は、そんな私の思いを察して、言葉を掛けてくれる。

「有紀は、本当によくやったよ。何かトラブルや事故があると、介護士はそうやって自分をせめるけど、感情移入しすぎるのはよくないわ。
どこかで割りきらないと、続けていけないよ。
そりゃ、ひとりひとりに寄り添って、添い寝でもして介護できれば、それが良いのだろうけど、
家族だってそこまでは出来ないし、
疲れて熟睡している間に亡くなってしまうことも、少なくない。
有紀は、出来る限りの最善を尽くしたと思ってる」

「でも・・・」

「有紀の気持ちは、痛い程わかるわ。私だって、あなたの何倍も同じような経験をしてきたから。でもね、私たちに出来ることは、限られてる。ドクターやナースみたいに、専門的な知識も持たない。
仮にあったとしても、法的に許されてはいない。
だから、どこかで割り切る事も必要だよ」

「そう・・・ですよね」

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