優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第11章 落し物に気づく時
「樫木由貴くん」
つぶやくように、いっちゃんが言った。
わたしは、その名前を復唱する。
「かしき……ゆたかくん」
ゆたか、という響きが、なんとなく、あの綺麗な顔に合っている気がした。
ゆたか、ゆたか……。
頭の中で転がすように反芻する。
たった一瞬だけ、あの時、「大丈夫?」と囁かれた声が頭の中で響いて、慌てて手を止めた。
「あれ、さっちゃん、知らなかった? 学年一のイケメンとか言われてるよ。……たしかに、綺麗な目、してるよね」
いっちゃんが何気なく言ったその言葉に、ドキッとする。正確には綺麗な目と言われて、近距離で見た樫木くんの顔を、思い出してしまったからだった。覗き込まれた透き通るような茶色の瞳と、触れそうになった前髪が、ありありと脳裏に浮かぶ。
本当に、綺麗な目だったなぁ……。