優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第11章 落し物に気づく時
「……咲」
不意に名前で呼ばれて、顔を上げた。
真剣な顔でまっすぐ、わたしの目を見つめる春ちゃんがいて、勝手に背筋が伸びた。
安心していた気持ちも、ぎゅっと引き締まる。
「はい」
「落とすなって言ったの覚えてる?」
忘れるわけがない。頷いて俯きかけた時、頭の上から声がかかる。
「顔上げる。大事な話」
春ちゃんに捉えられるように見つめられてしまい、顔を上げたまま表情が固まった。
「鍵、失くしたら、鍵穴ごと作り直すことになるんだからね。次はないよ。ちゃんと自分で管理の仕方考えな」
厳重注意、といったところか。
わたしは、手の中の鍵をぎゅっと握りしめて、声を絞り出した。
「……ごめんなさい」
春ちゃんはうなだれるわたしの肩をひとつ叩くと、「気をつけて帰りなよ」と言い残して、さっさと歩いていってしまう。
緊張していた心がゆるゆると緩んでいった。