
優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第12章 ふたりの憧れ
「こい、かもね」
いっちゃんから言われた単語が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
鯉、濃い、来い、故意、
…………恋。
漢字の変換が、正しいものになるまで、たっぷり10秒はかかった。固まるわたしの第一声を待ちながら、いっちゃんはわたしの顔を覗き込む。
「こ、い…………」
自分の感情がおかしいのだと思っていた。苦しくて仕方ないその感情には、名前があったのだ。
恋…………。
自分からは縁遠いと思っていたものが、急に目の前に来てしまって、とても焦った。
思わぬ単語に、フリーズしてしまう。
「そう、恋」
「こい…………」
口の中で転がしてみると、現実味を帯びてくる。
これが、恋なの……??
ぎゅっと、胸が苦しくなって、無意識に右の手首をもう一度握りしめていた。
名前をつけられた感情が、すっぽりと心の中の穴を埋める。
