
優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第14章 文化祭
3人で学校を後にして、途中で樫木くんとわかれる。樫木くんは、自転車にまたがると、
「じゃあ、また明日」
とこれまた軽やかに手を振って、ゆっくりとわたし達に背を向けた。
「ありがとう、またね」
「またね」
いっちゃんとわたしが手を挙げる。
すいすいと小さくなって、樫木くんのリュックが景色に吸い込まれていく。その光景をボーッと見つめていた。
「……さっちゃん。これはチャンスだよ」
おもむろにいっちゃんがそう呟いたので、はっとして我に返る。わたしは右手を挙げたままだったことに気づく。きまりが悪くなって、両手をぎゅっと握りしめた。
「まさか、井田先生が恋のキューピットになるとはねぇ」
おかしそうに笑ういっちゃんに、釣られて笑ってしまった。
天使の輪っかを付けて、ハートの弓矢を持った春ちゃんが思い浮かぶ。それはそれでなんか似合ってるなって思いかけて、笑ってしまった。優には呆れられそうだけれど。
笑うとほっとした。春ちゃんと優の顔も思い浮かべたからかもしれない。
「……いっちゃん、わたし、どうしていいかわからないよ」
戸惑いが素直に言葉になって出る。
今日は困惑して、思えば何も言葉が出てこなかった。こんな調子で明日の放課後から上手くやれるのかもわからない。
大丈夫だと言うように、いっちゃんはわたしの背中をさすった。
始業式の時の、体育館。あの時と同じように。
制服越しに触れる体温が温かかった。
「2人きりで頑張るより、楽しいに違いないよ! まずは、料理上手な仲間が増えたことを喜んで、楽しまなくちゃ」
「うん……」
「……それで、文化祭の日に、気持ちを伝えてみるのはありだよね」
「……んえっ?! そういうの、やったことないけど……」
いわゆる、告白ってことだよね……?
考えて、いや、考えてみようと思ったけれど、頭がフリーズしてしまう。
「大丈夫、大丈夫! 無理しなくても良いけれど……チャンスだとは思うよ!」
言いながら、いっちゃんがわたしの背中を押す。
何となく、気持ちの方も押された気がして。でもまだ……。
胸に当てた手が、心臓の音を拾う。
樫木くんのことは、好きなんだ。
だけれど……。
伝えること、わたしにはできるのかな……?
