優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第14章 文化祭
表情を険しくするでもなく、冷静な顔のまま、早足でわたし達に近づいてくる。
「優! いっちゃんが……!」
思わず、すがるように声を出した。
「大丈夫だ、咲、代われ。2人とも、一旦病室出てもらってもいいか?」
優の落ち着いたその声に、焦りと不安が安堵に変わっていく。わたしと由貴くんは頷いてベッドから離れると、病室の扉の方へと急いだ。
優は、首に掛けていた聴診器を耳にはめると、いっちゃんの顔色を覗き込む。
「いっちゃん、聞こえるか? 澤北だ。ちょっと苦しそうだからいまから胸の音聴くよ」
慣れたように声をかけながら、優がいっちゃんを仰向けにする。
カーテンを閉めるその瞬間。
呼吸を荒くしながらも目元を抑えて、決して涙を見せないその強さが、どんなに苦しくてもいっちゃんだった。
「もう大丈夫だ。ゆっくり呼吸して……そう、上手。もっとゆっくり」
いっちゃんの病室に、看護師さんがやってきて慌ただしく動く。
「……点滴追加して。それと親御さんにも連絡してくれる?」
優が、その中心でテキパキと指示を出す声が病室の外に漏れ出す。
わたしと由貴くんは、廊下の長椅子に並んで腰掛けた。俯いたまま、言葉を交わせずにいた。
それぞれが、いっちゃんのことを考えていたんだと思う。
どれくらい、そうしていたのかはわからない。
5分だった気もするし、30分だった気もする。
……わたしたちに近づいてくる足音にも、気づかないくらいに。