優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第14章 文化祭
「……発作、出たんだ。びっくりしたね、大丈夫だよ」
突然上から降ってきた、その聞き慣れた声に、2人同時に顔を上げた。
どちらからともなく、ほっとした声を出す。
「……井田先生」
病室の中の慌しさで察したらしい。井田先生はわたしと由貴くんの前に立つと、しゃがみこんで、両手でわたしたちの頭をそっと撫でた。
……あったかい。
いつもの体温に、心が落ち着いていく。
井田先生の、全てを受け入れるようなその眼差しに、由貴くんが重い口を開く。
「俺のせいで、一華、泣きながら取り乱しちゃって。苦しそうになった……」
言葉に、後悔が滲む。
わたしから見たら大人びていた由貴くんも、井田先生からしたらまだまだ子どもなんだ。……いや、由貴くんが、井田先生の前では安心して子どもで居られるのかもしれない。
井田先生はそれすらも包むように、微笑みながら言った。
「大丈夫。角村さんだって、泣きたかったんだよ。だって悔しいじゃん。2人の前でしか泣けなかったんだ、由貴のせいじゃないよ」
病室の中が少し落ち着いた雰囲気を取り戻していく。
それを見計らって、井田先生は言葉を続けた。
由貴くんの頭を、ゆっくりと、でも力強く撫でる。
「それに、発作はすぐに落ち着く。大事には至らないよ」
ほっとして、ため息が出た。
いっちゃんの病気を目の前にして、緊張していた心が少しだけ緩む。どっと疲れが出てきたのは、由貴くんも同じだったようだ。
しかし井田先生は、慎重に言葉を選ぶように、わたしたちに言った。
……とても、残念そうな表情で。
「……でも今日の倒れた感じだと、1週間の入院は固いかな。詳しくは、優に聞いてみないとわからないけれど」
ため息に落胆が混ざり、言い表しようのない気持ちに、もどかしさを感じた。
重い沈黙が、再びこの場を支配する。