優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第14章 文化祭
6
屋上へ出た瞬間、その寒さにわたしたちは身を縮めた。手に持っていたココアを、ぎゅっと握りしめる。
傾いた西日が、横顔を照らす。
もうすぐ闇が降りようとしている街の、遠くの方で、星が1つ、光っていた。
ベンチに横並びに腰掛けると、どちらからともなく、ココアを開けた。プルタブを引く音が、乾いた空気に響いた。甘い匂いがふっと鼻先に香る。
ベンチは、夏に、優と春ちゃんと3人で花火を見た時に座ったものだった。ちょっと前の事なのに、季節が確実に変わっている。お祭りに行きたいと言って、優と一緒に回ったことが懐かしくなって、少しだけ笑った。
「……どうかした?」
由貴くんに顔を覗き込まれて、首を振る。
しばらく、お互いがゆっくりと、ココアを飲む時間だけが流れた。沈黙は長く続くのに不思議と心地よくて、今なら、聞けると思った。
心に引っかかっていたのは、発作を起こしたいっちゃんの、病室でのこと。由貴くんが呟いた、一言だった。
「……さっきさ」
「うん」
「なんで、いっちゃんの気持ち、わかるって思ったの?」
由貴くんが俯く。話すかどうか迷っている、そんなふうに見えたから、わたしは戸惑いながら続けることにした。
由貴くんが、話しても話さなくても……。
少し重くなった空気を割くように、口を開く。
「……わたしね、ずっと、母と母の恋人から……暴力受けてて」
はっとしたように、由貴くんが顔を上げて、わたしの顔を見つめた。心配するような痛みに顔を歪めるような、そんな表情をしていて、慌てる。
「いまは! 大丈夫なんだけれど……その、もう母たちとは会ってないから……」
由貴くんがほっとしたような顔で頷いた。
「そっか……ずっとつらかったんだね」
「うん」
屋上へ出た瞬間、その寒さにわたしたちは身を縮めた。手に持っていたココアを、ぎゅっと握りしめる。
傾いた西日が、横顔を照らす。
もうすぐ闇が降りようとしている街の、遠くの方で、星が1つ、光っていた。
ベンチに横並びに腰掛けると、どちらからともなく、ココアを開けた。プルタブを引く音が、乾いた空気に響いた。甘い匂いがふっと鼻先に香る。
ベンチは、夏に、優と春ちゃんと3人で花火を見た時に座ったものだった。ちょっと前の事なのに、季節が確実に変わっている。お祭りに行きたいと言って、優と一緒に回ったことが懐かしくなって、少しだけ笑った。
「……どうかした?」
由貴くんに顔を覗き込まれて、首を振る。
しばらく、お互いがゆっくりと、ココアを飲む時間だけが流れた。沈黙は長く続くのに不思議と心地よくて、今なら、聞けると思った。
心に引っかかっていたのは、発作を起こしたいっちゃんの、病室でのこと。由貴くんが呟いた、一言だった。
「……さっきさ」
「うん」
「なんで、いっちゃんの気持ち、わかるって思ったの?」
由貴くんが俯く。話すかどうか迷っている、そんなふうに見えたから、わたしは戸惑いながら続けることにした。
由貴くんが、話しても話さなくても……。
少し重くなった空気を割くように、口を開く。
「……わたしね、ずっと、母と母の恋人から……暴力受けてて」
はっとしたように、由貴くんが顔を上げて、わたしの顔を見つめた。心配するような痛みに顔を歪めるような、そんな表情をしていて、慌てる。
「いまは! 大丈夫なんだけれど……その、もう母たちとは会ってないから……」
由貴くんがほっとしたような顔で頷いた。
「そっか……ずっとつらかったんだね」
「うん」