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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第14章 文化祭

わたしは、思い出したくない記憶を、少しずつ少しずつ、呼び覚ましていく。殴られ、蹴られた感覚は、今でも忘れることができない。

じわじわと心が締め付けられて、顔が歪む。
甘いはずのココアの中に、苦みを見つけたみたいに。

由貴くんは、変わらぬ眼差しをわたしに向けてくれていた。言っても言わなくてもいい。そんなふうに言われているみたいで、だからこそしっかり、自分の言葉で話したかった。

「……ずっとビクビクしながら暮らしてた。学校に居る時だけが安全で。今みたいに、好きだと思えることに、前向きになれなかったっていうか……心から、何かを楽しむことができなかった」

お祭りに行きたいと言った日、優が連れていくと約束してくれたこと。植物図鑑を買ってきた時、春ちゃんが喜んでくれたこと。いっちゃんと洋服を選んだこと。

いっちゃんと由貴くんと3人で、過ごした放課後の時間。

好きだと思ったこと、好きだと思っている人。
その全てが自由で新鮮で。

「だからいまね、3人でいることが、すごく楽しい」

由貴くんに笑いかける。笑みを返してくれたその顔は、少しほっとしたような、寂しそうな、まだ迷いがあるようだった。

「……みんな、同じような気持ち、抱えてたんだね」

由貴くんが遠くを見て、それから手元のココアを見て……意を決したように、わたしと目を合わせた。
その真っ直ぐで、真剣な眼差しの奥に、何かを秘めているようだった。

わたしも真っ直ぐと見つめ返す。
それが、言葉を受け入れる合図だった。

由貴くんは、ゆっくりと話し始めた。

「俺、ずっと1人なんだ。本当の事を言うと……友だちだと思ってたやつが、離れていっちゃって」

「本当の事?」

「うん」

少しの沈黙。手元の缶をぎゅっと握りしめると、由貴くんが口を開いた。

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