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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第15章 文化祭(後編)

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チャイムが鳴って、優が扉を開けた。

「こんばんは、お邪魔します。澤北さんでお間違いないですか?」

玄関から、生真面目な、緊張したような由貴の声が聞こえる。

あぁ…………やっぱり由貴なのかと、胸が傷んだ。由貴でなければ、どれほど良かったか。
自分の生徒が犯罪に巻き込まれている。
その事実は、思いの外ショックが大きかった。

「あぁ、そうだ。とりあえず入って」

優が何でもないように対応する。

俺はキッチンに入って、お茶の準備をしていた。
リビングに入って来た由貴から見えない位置で、優と目を合わせる。

優がダイニングテーブルへと由貴を案内して、かけるように指示した。

「座って」

言われるがままに、由貴が不思議そうな顔をしながら、ダイニングの椅子に座る。

湯呑みを3つ、のせた盆を持って、由貴に話しかけた。

「いらっしゃい」

振り向いた由貴が、驚いたままの表情で固まる。
顔を正面から見るまで、どれほど由貴でなければ良いと思っただろうか。

湯呑みを持つ手が震えた。
怒りか悲しみか、言いようのない気持ちが、俺の中で渦を巻く。

……教師をしていて、初めての感覚だった。

「……なんでここに……」

由貴が声を振り絞る。

「……それはこっちのセリフだよ。来ないことを、どれほど願ったか」

深いため息をついた。
由貴が俯く。

優が、席に着く。同席はしなくてもいいとは言ってあったが、俺の表情に不安を覚えたのかもしれない。

時計の針の音だけが響くリビング。

「……話、聴かせてくれる? これ以上、君が……由貴が。心も体も、傷だらけにするのを見たくない。教師として、1人の、そばにいる大人として」

届け、と願った。
由貴の閉ざした心に、当てる言葉を選んだが、ありきたりのことしか言えずに待つ他なかった。

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