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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第15章 文化祭(後編)

由貴は俯いたまま、静かに涙をこぼすと、手のひらをぎゅっと、膝の上で握りしめる。

……ぽつぽつと、由貴が話し始めたのは、由貴を取り巻く悲しい現実だった。



「……男が、男を好きになるのって、変なんですか?」



由貴は悩んでいた。
自分の性的指向に気づいたその日から。
そして、それを友人に打ち明けて、傷つけられてきたこと。

「親からも……男が好きだから、お菓子をつくるんだって。そんなの全く関係ない事まで、悪く言われて」

俺も、そして優も。
ため息をぐっと堪えながら、あまりにもつらい由貴の話に耳を傾けた。

「だから、試した。男の自分を、受け入れてもらうことはできるのかって。少しでも好きになってくれる人がいるのか……でも……」

由貴が考えたものと、現実はかけ離れていた。
たくさん、傷つけられた。それでも、続けてしまうのは、もしかしたらという淡い気持ちをずっと持っているから。


「もう……生まれて来なければ、良かったのかなって…………」


由貴の言葉が、涙で詰まる。
それまでの傷口が全て開いてしまうような、そんな痛みに似ているんだろうと思う。
教師としての俺にとっても、小児科医としての優にとっても、自分の命が無いものになることを望まれるのが、いちばんつらかった。

そして、それを実行される前に、こうして話を聴くことができて、よかった。
今晩、由貴がここに来ずに、別な人に会いに行っていたかもしれないと考えると、ゾッとする。

「由貴。試すの、もうやめにしよう。試さなくても、由貴が自由に生きているって思える日が来るよ。自分で、自分を、1番に大切にしてほしいんだ」

震える手を、そっと握った。
冷たくて冷たくて、どうしようもなかったその手に、温もりが宿っていく。

「せんせ…………俺……、生きてて、いいんだね……」

由貴が声を上げて泣いた。
彼はあの夜、2度目の産声を上げたのかもしれない。



その日から由貴は、週に1回くらいのペースで、家へやって来て、ご飯を一緒に食べたり、泊まったりしていた。
由貴は俺にも優にもよく懐いて、学年が上がる頃には気持ちが安定していった。
ようやく、学校に居場所を見つけた2年生からは、自然と家へ来ることはなくなっていったが、学校では俺ともよく話していた。



入れ替わるように咲を預かって……。



……今日に至る。


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