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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第16章 3人の年越し

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「……なぁ、春斗」

「んー?」

診察室に入っていく咲を見送って、その後姿が見えなくなった時。

春斗に声をかけた。

間延びした春斗の声は、いつも通りに響く。
少し騒がしい、病院の待合室。
通らない声で俺は、春斗に尋ねる。




「……あの話は、咲にしたのか?」




答えはわかっていた。でも今しかない。
そう思って、話を持ち出す。

「……ぼちぼちするよ……いまじゃないと思ってね」

気だるそうに、その話はするなと遠回しに言うような春斗の目に、俺だけが、危機感を覚える。

少しため息をつきながら、余裕がある瞳を追い詰めることにした。

「じゃあ、いつするんだ?」

長考の末に出た答えは、先延ばし一択のようだった。

「……年越すまでには」

迷いながら答えた春斗の声を、ピシャリと一蹴する。

「遅いと思う、俺は。……それに……こんなこというのはアレだが……間に合わない可能性だって充分あるだろ」

すかさず、春斗の目を覗き込む。
俺の目を避けて吐き捨てるように、春斗は行った。


「わかってるよ」


わかってないだろ。


心の中だけに留める声は、きっと春斗にも聴こえている。静かに険悪になっていく2人の雰囲気を察せる人は、この場にいない。

無言のままでいたら、咲を案内した看護師が、俺と春斗に声をかけた。

「咲さんのご家族の方、診察結果を伝えたいそうなので、診察室にお願いします」

目を合わせることなく、2人で看護師の後をついていく。


咲がこの雰囲気に気づかないわけないから、切り替えなくてはと思っていたがお互い無言のままだった。


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