優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第16章 3人の年越し
桜堂大学医学部を出たあとも、何となく言葉を濁して九州に帰るのを躊躇った。兄も医者になり、家を継ぐことを決めてからも、実家から帰ることを催促されていた。
ことある事に、帰ってこいと言われるもんだから、忙しさを理由に帰省も2年に1回程度に回数が減る。
実家にいるより、関東で病院にいる時や、優と一緒にいる時の方が心が落ち着いていた。
たくさんの救えなかった命に出会って、医者でいることに迷いを感じ始めた頃。
やがて病院にいることも、優と一緒にいることにも、窮屈に感じるようになってしまった。
居場所がどんどん無くなっていくような、なんとも言えない閉塞感に息継ぎが上手くできない。
大学付属病院に入職して、2年目。
そんな中、あの電車の脱線事故が起きた。
その出来事は、俺の中に大きな爪痕を残して去っていった。
「医者……辞めようと思うんだ」
はっきりと心に浮かんできた言葉を、病院の屋上で優に伝えた時、強く咎められることはなかった。心に大きな風穴ができたように、新しい空気がたくさん入ってきて、一気に息を吹き返す。
心配そうな顔から少しだけ、優の表情が緩んだ。
「……春斗……最近無理しすぎてるんじゃないかって、心配してたんだ。辞めることを考えるなら……少し休むことも考えてもいいと思うが。春斗は優秀だから、辞めるのは惜しい気がするが……」
『春斗は優秀だから』
優が兄と同じことを言う。俺が信頼を寄せていた2人が。決してバカにされたようではないその響きに、心底ほっとしていた。
「……ありがとう。ずっと苦しかったんだ。医者になることだけを望まれて、ここまで来てみたはいいものの、こんなに……つらいと思ってしまったから……」
継いだ息で呼吸をしながら、心の中に芽生えていたものを日の光に当てていく。
「そうか……」
「親になんて言われるかな。……ガッカリするだろうな」
ことある事に、帰ってこいと言われるもんだから、忙しさを理由に帰省も2年に1回程度に回数が減る。
実家にいるより、関東で病院にいる時や、優と一緒にいる時の方が心が落ち着いていた。
たくさんの救えなかった命に出会って、医者でいることに迷いを感じ始めた頃。
やがて病院にいることも、優と一緒にいることにも、窮屈に感じるようになってしまった。
居場所がどんどん無くなっていくような、なんとも言えない閉塞感に息継ぎが上手くできない。
大学付属病院に入職して、2年目。
そんな中、あの電車の脱線事故が起きた。
その出来事は、俺の中に大きな爪痕を残して去っていった。
「医者……辞めようと思うんだ」
はっきりと心に浮かんできた言葉を、病院の屋上で優に伝えた時、強く咎められることはなかった。心に大きな風穴ができたように、新しい空気がたくさん入ってきて、一気に息を吹き返す。
心配そうな顔から少しだけ、優の表情が緩んだ。
「……春斗……最近無理しすぎてるんじゃないかって、心配してたんだ。辞めることを考えるなら……少し休むことも考えてもいいと思うが。春斗は優秀だから、辞めるのは惜しい気がするが……」
『春斗は優秀だから』
優が兄と同じことを言う。俺が信頼を寄せていた2人が。決してバカにされたようではないその響きに、心底ほっとしていた。
「……ありがとう。ずっと苦しかったんだ。医者になることだけを望まれて、ここまで来てみたはいいものの、こんなに……つらいと思ってしまったから……」
継いだ息で呼吸をしながら、心の中に芽生えていたものを日の光に当てていく。
「そうか……」
「親になんて言われるかな。……ガッカリするだろうな」