優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第16章 3人の年越し
最後に父が俺に残した言葉が、ずっと心に突き刺さったまま。
「逃げるな!春斗! 救えなかった人の命と向き合ってこその医者だ、ちゃんと弔えなくてどうするんだ!」
耳が痛い台詞だった。父親というより、医師として俺に残した言葉だったと思う。
医者を辞めるなら、勘当。
そんな馬鹿な話があるかと思いつつも、父親の医師としての誇りや覚悟に触れた気がした。
レールに縛られていたと思っていたが、そのレールを取払った瞬間に訪れる、情けなさ。
医師として半人前にもなれなかった俺が、教師として一人前になれるのか。苦しむ人の姿を見なくて良くなる、そんな理由で仕事を変えた俺は、父親の言う通り、逃げてるんじゃないのか……。
電話を切った後、静寂が落ちる部屋の中で、優が俺に言った。
「あんまり気にするなよ。医者辞めて、教員免許取って仕事するって、誰にでもできる話じゃないだろう? 春斗は、誰よりも自分に向き合ってると思う。お前の父さんが言う、『逃げた』自分にさえも、ちゃんと向き合ってるんだよ」
その当時、優の慰めが気に障った。
「じゃあ何で優は……何事もなく、医師を続けられるんだよ……」
今ならわかる。
優だって、何事も無いわけじゃないし、必死で食らいついて医師を続けていたことが。それが、見えなかった。
あまりにも自分のことに精一杯で、余裕がなくて。
優は口を噤んだ。
代わりにコーヒーを1杯淹れて、無言で俺の前に差し出すと、自室に消えていった。