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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第16章 3人の年越し

咲を入院させて保護していた時のこと。
病院に咲の母親が乗り込んできたその日の夜。春斗が意を決したように言ったのだった。

「優、引き取ろうよ、俺たちで」

もともと、咲の行先がないことを知ってたから、一緒に暮らすことは考えていた。しかし春斗を巻き込むことを躊躇って、なかなか口に出せずにいたその矢先に、春斗から出た言葉だった。

「申し訳ないけど、優。俺、あんな母親に白河さんを返すことはできないよ。いま、2人暮らしで、引き取ることに気が引けてるなら、それは心配しなくていいよ」

咲と暮らすことは2人で決めた。
とは言え、春斗に背中を押されて、引き取ることを決めたのだ。





「……よかったかな? この生活で。咲にとって俺は厳しい鬼ママなんだろうし」

唇を尖らす春斗は、少しいじけているようだった。残っていたビールを傾けて、グイッと飲み干す。

その飲み方に少し心配しながら、言葉を繋げる。

「厳しいママでも、咲が慕ってるのはわかる」

酔いが回ったのか、春斗は机に突っ伏すと、おもむろにこう言った。

「優が伝えてよ……咲に」

「え?」

頬を火照らせた春斗が、心地よさそうに目を瞑る。俺はまじまじと春斗を見つめていた。

「俺、多分、言えない。俺もこの生活から抜け出すのが怖いんだ。言わないまま、大晦日になったし……いまは母の容態も安定してるから良いけれど……」

苦しそうに、でも、酔ってふわふわした感覚を抑えられない春斗は、その狭間を行ったり来たりしているようだった。

いつしか、俺ができないことを春斗がやって、春斗ができないことを俺がやって。
そうやって、この生活は回ってきた。
時々、春斗にも俺にもできないことを、咲がやってのけることもあったが。

今回のことは、春斗にできないこと、なのかもしれない。咲を大事に思ってここまでやってきて、突然……お別れを告げることは、春斗には苦しくてできない。

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