優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第18章 揺れる日々
咲の部屋へ、様子を見に行ってかえってきた春斗が言った。
「思ってたより、退行してるね」
「あぁ」
咲がソファで寝落ちして、自室で寝直させたあと、2人で咲の様子を話し合う。
家に帰ってくると、前のように一人で勉強して過ごすこともあるし、春斗にべったりなときもある。
特に何か不安な気持ちを言葉にすることはなく、春斗の服の裾を握ったまま、離さない。
それが、不安な気持ちの表れだった。
言葉にできない不安を、どうにか落ち着けようとしたとき、その行動になっているらしい。
「言葉にするように、声かけるんだけどね」
「あぁ。なんか、そういう時の咲って、気持ちをうまく言葉にできないみたいだな」
夕食後、食器洗いをしている春斗の背中に、ずっとくっついていた咲を思い出す。
ソファで本を読みながら、その様子を観察していた。
「咲は今どんな気持ちかな」
洗い物をしながら、歌うように声をかける春斗。服の裾を握っていた咲の手に力が入る。
「不安な気持ちかなぁ」
皿を洗いカゴに置く度に、取っ掛りになりそうなことを、春斗が口にする。
「怖いのかなぁ」
呟くようにいくつかの言葉を並べる春斗に向かって、咲が口を小さく動かすけれど、それは音にならない。パクパクと話しだそうとする端から消えていく。
「んー?」
その言葉をどうにか拾おうとして、ゆっくりと、春斗が咲に向き合う。
咲は動かしていた口を真一文字に結んで、俯いてしまう。
言葉にならないことを諦めるような……。
春斗はそれがさも重要なことでないように咲に笑いかけると、軽い調子で皿を洗う。
「咲の気持ち、言葉にできたらいいね。ゆっくりでいいよ。ちゃんと待ってるから」
そこで、咲の手が春斗の服の裾から離れた。
ソファに転がると、ブランケットを頭から被って……そのまま寝てしまった。
表情のない咲が、内面でどんな風に不安と戦っているのかは計り知れない。