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優しく咲く春 〜先生とわたし〜

第4章 それぞれの午後7時

現場に戻ると、優が白河さんの制服を裂いて、胸骨圧迫を始めていた。その絶望的な光景に息を飲んだが、動きを止めることはしなかった。
優はいま、助けるために動いている。いま、目の前にいるのは、あの時の助からなかった子ではない。

俺のクラスの、大事な教え子だ。

「脈止まった、呼吸障害も出てる。恐らく、腹部打撲による内臓の損傷」

優は胸骨圧迫を続けながら、みぞおちに入っていた新しい痣に目をやりながらそう言った。
俺はすぐさまAEDの電源を入れながら、訊ねた。

「救急車は?」

「呼んでる、あと5分もしないうちに来るだろう」

電極パットを彼女の胸に貼り付けた。無情にも、ショックが必要との指示が出る。

「離れて」

俺は静かに、優に告げた。優が息を切らしながら彼女から離れたところで、放電のスイッチを入れる。意思のない彼女の体が大きく跳ねた。
1回目のショックが終わり、心電図の解析が始まる。


心拍は……戻らない。



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