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龍と鳳

第13章 人の子

人の子に接する機会が多いと言うだけあって、その娘に先に気がついたのは岡田っちだった。

『智君、あそこ見て』

お山の中腹、昇龍の滝が見える開けた場所で、ブナの木にもたれるようにして娘が一人座り込んでいた。
手甲に脚絆をつけた旅装だが荷物が見えない。
そしてイノチの光が随分と弱っているのが空から見ても分かった。

『あの娘、今朝お山に着いた時にも見かけた。
その時は体の大きな男衆といっしょで背負われてたんだ。
お山の神様に願掛けするにしても、お社まで来られるのかな、って見てたの。
何で一人であそこにいるんだろう』

『行ってみる?』

『うん。いい?』

しょーちゃんが居ないのに人の子と接しても良いのか、オイラは迷いながらその娘を眺めた。
すると、娘が不意に顔を上げてこっちを見る。

『岡田っち、あの娘、オイラたちのこと見えてる?』

『うん、たぶん』

現代に比べれば当時の人間はずっと純粋だったから、龍が見える者も今よりは居た。
だけど、この頃既に、まったく見えない者も多くなってて。
自分だけが良い思いをしたいと願うような欲深い輩は、たとえ人形(ヒトガタ)を取っていてもオイラたちを認識できなくなっていた。

眩しそうに目を細めて上空を見上げた娘は、オイラ達がしっかり見えているようで、手を合わせると頭を垂れる。

『行こう』

『うん』

オイラと岡田っちはその娘から少し離れた所に下りると、怪しまれないように人形をとって歩き出した。





「あれ……めんこい坊ちゃん達だ……」

里の子供に扮したオイラ達が姿を現すと、娘は弱弱しい笑顔で呟いた。
空から見た時には遠くてよく分からなかったけど、随分とやつれて、病持ちなのが一目でわかる。
オイラは言葉が出て来なくて黙っていた。

元は美しい容姿だったのだろうに、顔の肉が落ちて目ばかりが大きく光り、唇が酷くひび割れている。
病気平癒でお社まで願掛けに来る人間も居るが、こんな、今にも死にそうなのをオイラはこの時初めて見た。

「おまえ、ここで何をしてる?」

岡田っちがいきなり訊くのに、娘は怯えた風もなくおっとりと答える。

「お迎えを……待っているんですよぅ」

「ともに来た男衆がいただろう?」

「はぁ……水を、汲みに、行きました……」

それを聞いた岡田っちは腰から下げた竹筒を外すと、栓を取って娘の口元に当てた。

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