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龍と鳳

第14章 龍の涙が降らす雨

どうやら川べりらしい。
しょーちゃんが運んだのだろう。
地蔵菩薩が彫られた石仏の前に娘は横たわっていた。

昼間会った時よりも面やつれが更に酷く、娘の気は最早、墨色に覆われている。
虚ろに開かれた目には何の意思も読み取れず、既に息をしていないのかと思った時、心の声が聴こえた。

『お迎えを……待っているのです』

何故移動させたのかと非難する響きが混じっている。
答えたしょーちゃんの声は哀しい程に穏やかだった。

「あの世からの迎えか。
常世の国へ導くは地蔵菩薩の役目。ここに居るのが最も良い。
お前は知らぬだろうが、人の子の死はお山を穢すのだ。神域で身罷ることはならぬ。
己で己を殺めるだけでも罪深きものを、更に重ねたくはあるまい?」

『さようでございましたか……申し訳もござりません……』

娘の思念がしょーちゃんに応えたけれど、その体はピクリとも動かず、表情にも何一つ変化がなかった。

オイラは昼間の、手を合わせて泣きながら微笑んでいた娘っ子を思い出して。
あんまり可哀想でさ。
閉じた目から涙がどんどん出て来て、隣にいる岡田っちと二人、嗚咽を漏らしつつ様子を見守ってた。

「子らが泣いている」

オイラ達が見てるのを、しょーちゃんは分かってたんだな。
泣き声が届いてたみたいで、そう言った。

『……子ら?』

「昼間会うたであろ?
愛らしい童が二人、熊野のご神水を与えたな?
今もお前を案じて遠くから見ておる。
憐れだと泣いている声が聴こえぬか?」

『あぁ……お可愛らしい坊ちゃん方で、ございました……』

オイラ達のことを思い出したらしく、娘の想いにほんの少し喜びが滲んだ。
しょーちゃんは、娘の魂が現し世を去るその時まで傍にいると決めていたのか、片膝をついてその場に座った。
静かな顔で娘を覗き込むようにしながら語りかける。

「あのご神水を飲めば、人の子が居るところまで歩けたであろうに。
子らが現れたのは、偶さかではない。
童を見て我が子を思い出し山を下りるようにとの神様のはからい。
天翔ける龍の姿を見たのも、お前が子供の頃にこのお山で龍と会うたことを思い出すようにとの促しであったものを」

『あぁ……あの坊ちゃん方はやはり、み使い様……』

虚ろに開かれた娘の目尻から涙が零れた。

『アタシにも息子がいるんです……』

「聴こう。申してみよ」

娘が語り始めた。

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