メランコリック・ウォール
第22章 家族
「でもさ、変だよね」
「なにがですか?」
「自分だってやましいこと、してるくせに…。怒る権利なんて無いと思うんだ」
「アキさん…」
「思い出したの。昔ね、あの人とまだ付き合ったばかりの頃…言ってたのよ、”浮気するならバレないようにしてね”ーって。ふふ、可笑しい。」
「でも、バレてるじゃないですか。」
「そうなの。だからね、あの人がすっごくマヌケに見えちゃう。本当に笑っちゃうよ」
「私、なんだか今日は眠れなそうです…。」
「ご、ごめん…っ」
「アキさんのせいじゃないんです!…それに、アキさんのほうがしんどいですよね」
「ううん。私は結構平気だよ。…さ、飲もう!」
「…はいっ!」
それから、私たちは何度も”まさか”と言い、オサムと桜子ちゃんへの驚きを繰り返した。
ーーこうして話しているとやっぱりどこか他人事で、夫に対しておぞましい思いしか抱かない。
ショックや怒りはゼロに近い。
「もうすぐやっと、今の現場が終わりますね」
「ん…そうだねぇ。本当、やっとだ」
「…また、打ち上げやるんでしょうけど。月の宮旅館で…」
「うん…。気が重い」
「ですよね…。言いにくいですけど…なんだか嫌な予感がします。」
「私も…」
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ゆりちゃんと別れ、事務所の戸を開けると居間には義父が帰っていた。
「お義父さん、おかえりなさい。」
「あぁ。アキちゃんもな」
義父はバスツアーの旅先で買ってきたお土産を私に手渡した。
「ありがとうございます。…楽しめましたか?」
「ああ。楽しかった。温泉にも入ってな」
ーーまだ、言うべきじゃない。
落ち着いて、時を待つんだ。
口をつぐみ、自室へ戻る。
オサムはまだ帰らない。
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翌日は日曜日で、この家にいることさえ気が乗らなかったが、どこへも行くところは無い。
仕方なく部屋にこもり、することもないので部屋の整理をした。
ほとんど、要らないものだ。
捨ててしまおう。
まるでこの家を出ていく者かのように、躍起になって作業した。