メランコリック・ウォール
第26章 舌と指先
レジに向かう途中でキョウちゃんが立ち止まり、「これは?」と笑う。
1メートルはあろうかというシャチのぬいぐるみを指差す彼に、ぷっと吹き出した。
「さすがにそれは大きすぎる~!ふふっ」
「そう?じゃあ…」
隣に並ぶ、普通サイズのぬいぐるみを手に取った彼。
「キョウちゃん、可愛いとこあるね。」
「ちげえよ(笑)アキにお土産。」
「えぇ?」
「…要らない?」
「…要る…」
「ふふっ。よし、行こう」
…
帰りの車内で早速シャチのぬいぐるみを取り出し、腕に抱く。
「可愛い~。キョウちゃん、ありがとう。」
「いいえ。」
32歳の女がシャチのぬいぐるみを抱いて喜ぶなんて、我ながらちょっぴり恥ずかしい。
けれど、舞い上がる気持ちのほうが上回る。
「アキ。」
「なあに?」
「寝るのは、ほんとに俺んちでいいの?」
「うん…っ!キョウちゃんちでゆっくり寝たいの。」
「ふふっ。そっか。それじゃ、帰りながらどっかでメシ食おう。」
…
見慣れた景色の地に戻ってきた頃には、もう夕方になっていた。
時間はゆっくり流れてくれなかった。
さっき待ち合わせをしたところなのに、あっという間に陽は傾く。
「ちょっと早いけど、メシどうする?腹は?」
「うーん…。まだ減らないかも。」
「だよな。少し歩くか?疲れてるか」
「ううん。お散歩しよう!」
それから、大きな記念公園を目的もなく2人で歩く。
キョウちゃんはどこかでちょっと良いディナーでもしようか?と言うが、私はもっと庶民的なものを求めた。
「本当に良いのか?泊まるのも俺のアパートだし。俺もっと、アキに貢ぎたいんだけど」
冗談交じりに彼が笑う。
「ちょっとぉ(笑)」
ーーー木々に絡む新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込み、凛と咲く小さな花にいちいち感想を述べ合う。
ああ、きっと男女というのはこうして愛を育むものなんだろう。
若くして結婚した私には未知の世界だ。