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メランコリック・ウォール

第28章 波の音


「今夜は、森山さんと…デートですか?」

私たち以外には誰も居ないのに、ゆりちゃんが声をひそめて言う。


「ん…少しドライブするだけだけどね。」


「いいじゃないですかぁ。平日だと、ゆっくり遊べませんよね。現場も忙しくなってきたし…」


夏に大きな現場が入り、終わってからはそんなに忙しくない平穏な業務がしばらく続いた。


しかしこれから年末にかけて、少しずつまた忙しくなってくるんだ。

もうすでに、残業や休日出勤も増えてきた。


「なんだか毎年、今くらいから大晦日までがあっという間だよねぇ。忙しくて。」






夕方、外装も内装も残業になると連絡が入った。


「ゆりちゃん、もう上がっちゃってもいいよぉ。」


あとは作業員が帰ってきたら明日の書類を渡し、確認するだけだ。


「えぇ…でも、悪いです。しかもアキさんお誕生日なのに…!」

「あはは、大丈夫だよ。今やってるファイルが終わったら上がってね。」






18時過ぎにゆりちゃんが帰り、30分後にはオサムと義父が帰ってきた。


「おかえりなさい。明日の書類です。」


家族とは思えないほど事務的なやりとり。

オサムのふてくされるような態度。
何食わぬ顔で書類を受け取る義父。


なにもかもがプラスチックのようだ。



オサムと義父が引っ込み、さらに30分が経った。



[いま終わって事務所に戻るところ]

キョウちゃんからメッセージが入り、親方と彼がここに着いたのは20時。



「おつかれさん」と足早に親方が帰ると、キョウちゃんが小さな声で言った。


「遅くなってごめん。俺、このままコンビニにいるから。待ってる」





事務所の電気を消し、着替えを済ませるとすぐに家を出た。



「お疲れ様。大変だったね。」


助手席に乗り込むとすぐに、彼の左手が伸びてくる。


「アキこそ、待ちくたびれたろ。」


車は走り出し、高速道路へ飛び乗った。


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