メランコリック・ウォール
第28章 波の音
「どこに行くの?」
「分かんないけど、とにかくドライブしよう(笑)」
「ふふっ。いいね」
…
いくつかのインターを超え、やがて高速道路を降りる。
「このへん、詳しい?」
「ううん。全然…。キョウちゃんは?」
「俺も全然分かんない(笑)」
ナビでは、大きな川と海があることが分かる。
「海があるね。」
「行く?」
「うん。波の音聞きたいなぁ。」
「よし。」
彼がアクセルを踏み込むと、街灯の光が次々と目の端へ消えてゆく。
…
道沿いに車を停めると、すぐ目の前は海のようだった。
エンジンを切ると、サワサワ…と波の音が聞こえる。
「降りようか」
「うん!」
ドアを開けると波音はより大きくなり、暗闇の中で小人たちが踊っているような優しい音を醸し出した。
「アキ。おいで」
キョウちゃんは防潮堤にあぐらをかいて座り、私を呼ぶ。
近づくと手を引かれ、私は彼のあぐらの中にお尻を埋めた。
「ふふっ…、恥ずかしい」
「何だよ(笑)」
「足、しびれちゃうよ」
「いい。」
後ろから優しく抱きしめられながら、しばし波の音に耳を澄ませていた。
「誕生日おめでとう。」
「ありがとう…」
「なにもしてやれなくてごめん。」
「いいの。会えて嬉しい…。仕事忙しいのに。」
キョウちゃんは後ろから私の首に鼻をうずめ、すうっと大きく吸った。
「ーーハァ…。アキ…。」
「ぅん…?」
「離したくない。」
彼の熱い息が首にかかる。
「離して、ほしく…ない…。」
くるりと向きを変え、暗がりの中で見つめ合う。
キョウちゃんが私の唇を指でなぞると、私は自ら彼を迎えに行った。
逢瀬を待ちわびていたふたつの舌は、滴り落ちそうなほどに濡れている。
ーーー…
また、鎖骨の赤い痕が濃くなった。
強く吸い上げられるその痛みが、今はもう悦楽へと変わっていた。