メランコリック・ウォール
第29章 香水
「オルゴールはさ。これ買った店で…」
キーリングを触りながらキョウちゃんが言う。
「そうだったのっ?わぁ…嬉しい…。」
ネジを巻くと、ジムノペティのメロディが優しく流れた。
私のとっても好きな曲…。
ハンバーグを食べに行ったあの日、レストランでこれが流れたんだ。
「覚えててくれたの…?」
この曲が好きだと、何とは無しに口にした。
「うん。アキの好きなものなら覚えたいじゃん?まぁ…曲名ちょっと忘れてたけどな(笑)」
「嬉しい。嬉しすぎるよ…っ」
「そんなに?」
「うん!なにかお礼したい…っ!」
「ん~。じゃあ……」
「じゃあ?」
「耳、かして」
「うん…?」
言われるがまま、私は彼の方へ耳を寄せた。
「じゃあ…これからも俺、アキのこと抱いていい?ずっと…」
キョウちゃんは低い声で少し意地悪にささやき、耳に舌を這わせた。
「そっ…それは…っん…ー」
「だめ?」
「それは……。私も、望んでる…ことで…」
言ってから、とんでもなく恥ずかしくなる。
「アキ、それはずるい。可愛すぎ。」
彼はまた私の耳をいやらしく舐め上げた。
「キョウちゃ…んっ…ーあぁん、えっち…っ…」
「はあ、たまんない……」
ぼそっとつぶやくように言い、唇を奪う彼。
窓越しに遠く聞こえる波の音の中で、私たちだけがそこにいた。
心地よく沈んでゆく……もう、地上に戻れなくても構わない。
…
深夜0時に近づいた頃、自販機の前に車を停める。
「明日な。」
「うん…。」
最後のキスを交わし、私は自宅へと帰る。
この場所へ帰ることの違和感が、もうずっと拭えずにいる。
むしろそれは日に日に大きくなっていくようだった。
この逢瀬のあとから、2週間に1度くらいはキョウちゃんの部屋で彼の食事を用意するようになった。
泊まることは出来なくても、夜の数時間を一緒に過ごすことが日々の楽しみになった。