メランコリック・ウォール
第29章 香水
スーパーの袋をぶら下げ、やっと自宅に到着した。
指が痛くなっても、なにも気にならない。
むしろ、今夜シチューを食べるキョウちゃんのことを考えれば心は踊る。
カラカラと事務所の戸を開け、奥に進むとなんだか違和感がした。
「………」
立ち止まり、この違和感は一体なんなのか警戒する。
…くさい。
この匂いは、桜子ちゃんの香水だ。間違いない。
甘ったるいこれをオサムがいつもまとっていて、吐き気がしているのだもの。
瞬時に、オサムが桜子ちゃんに覆いかぶさっていたあの光景が蘇る。
どうしよう。
うっ血する指の感覚が無くなっていく。
…でも、気のせいかもしれない。そうであってほしい。
ビニール袋を事務所のソファに置き、ゆっくりと階段を上がる…ーーー
「あぁっ…あんっ…」
以前とは違う、大きな喘ぎ声が聞こえた。
驚くことに、私は歩みを止めなかった。
そろり、そろりと二階へ到達する。
動揺しているのか、それとも冷静すぎるのか、自分ではもう分からない。
オサムの部屋の前まで来て足を止める。
「んっあぁん…っいやぁっん、オサムさぁん…ーーー」
ずいぶんと可愛らしい彼女の喘ぎ声に、鳥肌が立つ。
私は今、どんな顔をしているだろう。
…
思い切り、戸を開けてやろうかとも考えた。
でも、それから…?なんて言う?どんな顔をする?
むなしくなるのは私の方ではないか。
私は1分間ほど、オサムの部屋から聞こえるその喘ぎ声を動画に収めた。
静かに部屋に戻ると、キョウちゃんからメッセージが入っていた。
[今から向かう。ゆっくりでいいよ]
すぐに電話をかけ、数秒で彼の声が聞こえた。
「アキ?」
「あぁ…あの…っ」
「どうした?なんかあったのか?」
「いや、えっと…あのね…今日、シャワー貸して欲しいの。いいかな…」
「ああ、そりゃもちろんいいけど。…何があった?」
私の暗い声色を聞き、キョウちゃんも深刻な声に変わった。