メランコリック・ウォール
第30章 噛み付いた痕
いつの間にかリビングで眠っていた私たちは、朝の日差しで目を覚ました。
「おはよ」
「ん、おはよう…」
握ったままの手はしっかりと繋がり、彼の中指には昨夜私が噛み付いた痕が赤く浮かび上がっている。
「あ…。昨日の…。ごめんね、痛かったでしょう」
「んーん。全然。アキが良くなってるの感じて嬉しかった」
恥ずかしいことを平気で言う彼に、ぺしっと叩く仕草をする。
…
「ごちそうさまでした」
「あ~、腹いっぱい!」
朝食を済ませ、ふとスマホをひらく。
受信ボックスには”椎名オサム”の表示があり、心臓がドクンと膨張した…ーーー
[こそこそ陰湿な事しやがって
鬱陶しい女だな]
ここまであからさまに開き直り逆上する夫に目を疑った。
ぼろぼろと、家庭内がひそやかに腐っていく音がした。
…
家に帰ると、事務所や階段にはまだうっすらとあの香水の匂いが漂っている。
あぁ、泊まっていったのかな…。
私は一刻も早くこの家を出るため、準備をしなければと改めて思い直した。
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夫婦の会話は無いまま、クリスマスイブがやって来た。
「ゆりちゃん、クリスマスはデートするの?」
「はい、今夜は会えそうです。明日は子供と出かける、って。アキさんは?」
「ん、私も今夜は会う予定だけど…明日も仕事だしね。少しだけ」
「そうですねぇ…。なにかプレゼントします?私、ギリギリまで迷っちゃって。昨日やっと決めてきました!」
「おぉ~、何あげるの?」
「えへへ…。ちょっとイイ、ボールペンです。怪しまれずに仕事でも使えそうな…」
「なるほどぉ!良いね。私は…靴下…。なんか、パッとしないよね?!」
「いいえ!クリスマスに靴下プレゼントするって、素敵ですよぉ!いいなぁ、好きな人の靴下選べるなんて…森山さん、きっと喜びますね。もったいなくて使えないかも(笑)」
「えぇ、そんなことは(笑)でも、喜んでくれるといいなぁ。」