メランコリック・ウォール
第32章 離陸
翌朝、目覚ましも鳴らないうちに目が覚めた。
義父もオサムもまだ眠っているであろうこの家で、シャワーを浴び、飛行機の中で食べようとおにぎりをこさえる。
化粧をして、久しぶりに髪を巻いた。
旅行自体、いつぶりだろう…あぁ、楽しみだな。
[ごめん、ちょっと道が混んでる。20分くらい遅れるかも。]
じれったい気持ちが、なんだか心地いい。
忘れ物がないか確認したり、髪やメイクを手直ししているうちに時間はすぐに過ぎた。
ーー9時10分、もう家を出て良い頃だ。
大きなキャリーケースを何とか1階へおろし、低めのパンプスを履く。
いつの間にか起きて居間でテレビを見ていた義父が、久しぶりにバッチリとよそ行きの私を見て一瞬驚いた。
「おはようございます。…それじゃ、行きますね。」
「おお、行ってらっしゃい。気ぃつけてな。」
カラカラと事務所の戸をあけて外に出ると、年末の乾いた風がほのかに吹いた。
一歩、また一歩と足を踏み出した時、舞う枯れ葉の向こうに人影がうつった。
「…?」
砂埃が目に入らないよう、目をほそめてまっすぐに視線を向ける。
そこに立っていたのは…桜子ちゃんだった。
「あっ…」
「あ。アキさん。お出かけですかぁ?」
相変わらず、癪に障る物言いだ。
「うん…。桜子ちゃんこそ、うちに用事でも?」
思ったよりも嫌味ったらしい口調になってしまった。
「はい。オサムさんに借りてたCDを返しに来たんです。」
「そう」
嘘だと分かっていた。
でも、私にはそんな事どうでもいいのだ。
「アキさん、そんなに大きな荷物でどこへ?まさか、家出ですか?ふふっ」
小馬鹿にするような笑い方に、また胸がチリチリと音を立てる。負けるもんか。
「私、旅行でしばらくいないの。それにあの人、どうせ暇でしょうから。どうぞ、ごゆっくり。」
余裕の笑みを浮かべ、言い放った。