メランコリック・ウォール
第32章 離陸
ご当地グルメやまんじゅうをいくつか買い、いよいよ飛行機へと乗り込む。
隣同士に座り、窓の外を見た。
飛び立つんだ、キョウちゃんと一緒に。
あのドロドロと毒の渦になった家から、私は離れる。
飛行機は滑走路を走り出し、やがて離陸した。
繋がれた手はしっかりと包まれ、彼は私に微笑みかける。
…
「おにぎり作ってきたの。」
「マジ?うわ~助かった。実は朝メシ食ってなくて腹減ってた(笑)」
「良かったぁ。はい、これが…梅干し。こっちが昆布で…ー」
つい作りすぎてしまったおにぎりを、ほとんどキョウちゃんがたいらげた。
「ふぅ~っ。ごちそうさん。うまかった。」
「無理してない?作りすぎちゃったから(笑)」
「いいや、全然平気。アキの作ったものは何でもうまいから、太るかもな(笑)」
「ふふっ…!」
やがて、お腹も膨れた彼は私の手を握ったまますやすやと眠った。
この愛しい寝顔を、私だけのものにしてしまいたい。
彼の愛する人が、私だけでありたい…
-----
2時間ほどで到着したその空港は、降りた瞬間に自宅よりもあたたかいと感じられるほどの陽気だった。
「おうちまではどうやって行くの?」
「タクシー。実家いけば親父の車あるからさ。」
ロータリーにずらりと並ぶタクシーに乗り込み、キョウちゃんの実家へ向けて走り出した。
「緊張する?」
「う、うん…!どんな顔して会えば良いのかな…」
私は今更になって、自分が既婚者であることに負い目を感じていた。
「普通でいいよ。彼女です、ってさ。」
彼の口から初めて聞いた”彼女”という言葉が嬉しくもあり、複雑でもある。
「お父様に、内緒のままでいいのかな…?」
「言うタイミングがあれば今回言うつもりだけど。…でも、アキは心配することない。親父もべつにキレたりしないよ(笑)」
「そうかなぁ…」
「うん。少なくともアキにはね。」
ぐんぐんとタクシーの進む先を見つめながらキョウちゃんは微笑む。