メランコリック・ウォール
第32章 離陸
「わぁ!海だぁ~!」
海沿いの道に出ると私ははしゃいだ。
魚の競りが行われそうな漁港や、鮮魚店がいくつもある。
「もうすぐだよ。」
海沿いの主要道路から、くねくねと折り曲がる坂道をすすむ。
見下ろす海はキラキラと輝き、私は改めて”これは夢ではないか?”と心配になり、彼を見つめた。
「どした?」
「ううん…なんだか信じられなくって。」
「俺も、まさかアキを連れてこれるなんてビックリ」
そうしてまた、穏やかな海を眺めた。
…
タクシーを降りると、目の前には立派な日本家屋がそびえていた。
夏休みをテーマにした映画やアニメの舞台になりそうな縁側や和室が見える。
「アキ、これだけ持てる?」
空港で買ったお土産を手渡され、キョウちゃんは両手に大きなキャリーケースを持ち上げて歩き出す。
「だ、大丈夫っ?」
「おう。…こっち。ここ段差ね」
小走りでキョウちゃんの元へついていく。
緊張で、胸がドキドキする…ーー
彼はガラガラと玄関の戸を横に引き、中に向かって「帰ったぞーー」と大きな声で呼びかけた。
ふと、庭の方へ目をやると…縁側に座っている男性と目が合った。
「アッ…ーー」
とっさにお辞儀をすると、相手の男性もお辞儀をした。
「なんだ、早かったな。」
図太い声で男性が言い、「15時には着くって言ったろ(笑)」とキョウちゃんが笑った。
「アキ、入って。」
玄関で靴を脱ぎながら彼が促す。
私は縁側に居るお父様に「お邪魔します」と頭を下げ、パンプスを脱ぎ揃えた。
「わぁ…っ。素敵…」
思わず見惚れてしまうほど雰囲気のある家屋だ。
いくつかの和室が障子張りの戸で区切られているようで、今はそれがすべて開いている。
「めずらしい?」
「うんっ…憧れちゃう。キョウちゃんはここで育ったんだ…」
名前のないエネルギーで、心が満ちてゆく。