メランコリック・ウォール
第33章 過去を
それから、小さな魚屋、肉屋、スーパーにも行き、最後にお寿司屋さんに寄った。
道中、いろんな話をした。
マサエさんは若い頃に結婚していて、わずか2年ほどで離婚したこと。
40歳の息子と、中学生の孫が東京にいること。
今は朝だけパートに行きつつ、ほとんどをキョウちゃんのお父様と過ごしているらしい。
「結婚はね…若気の至りだったかもしれないけど、やっぱりね、子は宝。そういう意味では感謝してるわ。」
うんうんと相槌を打ちながら、途中でマサエさんが買ってくれたホットコーヒーを舐める。
「あの人とはね、私が離婚してから知り合ったのよ。ほら私、当時は病院の受付をしてたからね。奥様が入院しててね。」
「そうだったんですか…」
「それで、奥様が亡くなられて。お茶友達になったわけ。ずーっとそんな関係でね。だけど数年前にあの人、ひざを悪くしてね。それからこうして、一緒にいるようになったのよ。」
なるほど、と私は頷いた。
「何だか最初は新鮮でねぇ。あの人の世話焼けるのが嬉しくって。歳くってるのに可笑しいでしょう?ふふっ」
「いいえ、すごく…よく分かります。」
仏壇に飾られていた、キョウちゃんの母親の写真は随分と若かった。まだ20代にも見えるくらいに。
そう考えると、お父様とマサエさんはとても長いこと寄り添っているとも言える。
…
すっかり暗くなった頃、ようやく森山家に戻ってきた。
居間では2人がテレビを見ながら一杯やっていた。
「戻りましたよ~」
「お邪魔します。」
マサエさんはバタバタと買ってきた寿司をひろげ、手際よくコップや小皿を用意した。
「お手伝いします」
「いいのよ、すぐだから。座っててちょうだいな。」
おずおずとキョウちゃんの隣に座ると、「おかえり」とそこにはいつもの笑顔があった。
「大丈夫か?連れ回されて大変だったろう。」
「いいえ、楽しかったです。素敵な町ですね。」
「おや、そうかい?今どきの女の人ァ、こんなシミったれた田舎は嫌だろうに」
お父様はそう言うと、またビールをあおった。