メランコリック・ウォール
第36章 生きたいように
彼も一緒に浸かり、またぎゅっと抱き締められる。
…しないのかな?ーー
期待とは裏腹に、「上がろう」と彼は言った。
「…う、うん」
「ふふっ。したかった?」
「んんぅ…もうっ…!」
「あとでのお楽しみにとっとく」
微笑みながらバスタオルで私を包み込み、ふわふわと水滴を拭き取った。
お風呂から上がるとお父様とマサエさんはお正月の特番を観ながら、みかんを食べていた。
「こっちいらっしゃい。ほらこのみかん、すんごく甘いのよ~。食べ過ぎちゃうわ。アハハ!」
みかんを2つも3つもこちらに寄せてくれるので、お言葉に甘えて私達も腰をおろした。
「明日は一緒に市場に行って、それからお料理しましょうね?うふふ」
嬉しそうに言うマサエさんは、またひとつみかんを剥いた。
「はい!楽しみです。こっちの味付けを教わったら、帰ってからも作れるので…えへへ」
キョウちゃんも私を見て微笑んだ。
「お前さん、在所はどこになる?」
お父様が言った。
「ええと…私は能登の生まれです」
「石川県か」
マサエさんも感心するように声をあげ、私を見つめている。
「はい。実家の目の前は海でした。」
「そうか。ご両親は」
「父は…幼い頃に事故で亡くなりました。母は6年前に…。」
「そうだったか。悪いことを聞いた。」
「いえ。…久しぶりに能登の海を思いだしました。」
「ふふ。ここも、海しか無いでなぁ。…そうかぁ。故郷が海の目の前か。」
「はい。九州の海もとっても素敵で…来られて本当に嬉しいです。」
お父様は微笑み、縁側で煙草を吸っているキョウちゃんもこちらを見て嬉しそうに笑った。
「それで、今は一人暮らしかね。それとももう一緒に暮らしてるのか?」
なんとなく予感していた方向に話が進み、このお父様の発言で私はキョウちゃんに目をやった。
彼はすぐに煙草を揉み消してこっちへやってくると、「その事なんだけどさ」と言いながら私の隣へ腰をおろした。