メランコリック・ウォール
第36章 生きたいように
「なんだ?」
少し険しい表情になったお父様が言った。
「ちょっと2人で話したいんだけど。」
「……。釣りでも行くか。」
キョウちゃんは頷き、安心させるかのように私の背中をポンと叩いた。
やがて2人は釣り道具を持って出かけていった。
「ま、たまには親子水入らずも良いわよね♪」
マサエさんは私になにも聞かず、明るく接してくれた。
「アキちゃん、ごんぐり煮、って聞いたことあるかしら?」
「ごんぐり煮…いえ、聞いたことないです」
「そうよねぇ。このへんじゃあね、マグロの胃袋を煮付けて食べんのよう。明日それも作りましょうねぇ」
「へぇ、マグロの胃袋。食べたことないです。楽しみ…っ!」
「うふふっ。あとはねぇチキン南蛮。前にテレビでね、東京のチキン南蛮が映ったのよ。だけどねぇこっちのと全然ちがって、私ビックリしたわぁ」
「そうなんですかっ?」
「そうそう。こっちのはねぇ、もっとシャバシャバのタルタルソースなのよ?」
「うわぁ、教わるのが楽しみです。」
マサエさんとの会話のおかげで気持ちが少し上向きになるけれど、2人が帰ってくるまでなんだか不安は拭われない。
テレビ画面の向こうで楽しそうにハシャぐお笑い芸人が見えても、言葉が耳に入らない。
しばらく何とはなしにテレビを見たあと、マサエさんが口を開いた。
「なんだかお正月って、時間が狂うわよね。小腹が空いてきちゃった。アキちゃん、お腹すいてない?」
「そういえば…ちょっとお腹すきました」
「うふふ、そうよねぇ?なにかおやつでも作りましょ。えぇっと…ーー」
マサエさんが台所へ行き、私もついていった。
「サーターアンダギーって知ってる?沖縄のさ」
「テレビで見たことあります。でも食べたことは…」
「そりゃええねぇ。ほいじゃ、作ろう!」
こうして、急遽サーターアンダギー作りが始まった。
粉がつくからとマサエさんが貸してくれたエプロンには、青いバラがいくつもプリントされている。