メランコリック・ウォール
第5章 不純と不信
「へへっ。つめたい」
「上目遣いやめて」
「森山さんの背が高いから…」
刹那、彼の親指が私の唇をかすかになぞった。
「あ……」
どのくらいだろう。
一瞬だったようにも、すごく長かったようにも思える。
見つめ合う彼の表情は切なくも優しかった。
約束通り自販機の前で別れ、私はまだ森山さんの手の感触が残る唇に触れた。
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翌朝、目が覚めると私は自室のカーペットに横たわっていた。ゆりちゃんはまだ眠っている。
音を立てないようそっと台所へ降り、朝食を作ろうと冷蔵庫を開けた。
「おはようさん」
突然聞こえた声にビクッとして見ると、そこには親方が立っていた。
「親方。おはようございます。体痛いでしょう、お布団も引かずに…ごめんなさい」
「いやあ、よく眠れたわ。アキちゃんありがとな。」
「すぐ朝ごはん作るので、食べてって下さい」
「いいのかあ?わりいな、何から何まで」
味噌汁と焼き魚を人数分用意できた頃、ゆりちゃんが降りてきた。
「アキさぁん!」
「ゆりちゃん、おはよ。よく眠れた?」
「私、なんて事を…!アキさんのベッド占領するわ、朝の手伝いはしないわ…すみませぇえん…」
「あはは、いいのいいの。昨日楽しかったね。ほら、ゆりちゃんも食べて。」
「ーーーそうだ、昨日は森山くんどうした?」
オサムが言い、私はそっけなく答える。
「私とゆりちゃんをここまで送ってくれて、タクシーで帰ったよ」
「おお、そうか。」
少しは森山さんの気遣いを見習って欲しい。
そんな思いはつゆ知らず、オサムは味噌汁をすすっている。
「そうだ親方、ごちそうさまでした。森山さん、領収書ちゃんともらってたので確認してくださいね」
「おお、分かった。」
皆で朝食を済ませ、それぞれの家路についていった。
家にはまた家族3人が残り、それもまたそれぞれの自室へ帰る。