メランコリック・ウォール
第2章 触れた手
この日は昼過ぎから雨が降り出し、外壁塗装は途中で中止になった。
「アキちゃんの淹れたお茶は、熱々でうまいわな」
現場から戻った親方と森山さんは事務所に立ち寄り、私の淹れた熱い緑茶を片手に一服していた。
今日も、午後3時になると小さなブラウン管のテレビには韓国ドラマが映し出される。
ゆりちゃんがハマっているのだ。
「なんだこりゃ、外人か?」
親方が言い、かぶせ気味にゆりちゃんが答える。
「韓ドラですよお〜!私、この俳優さん大好きなんです!」
若い男女が織りなす様々なトラブルやロマンス…。
つい、頬杖をついてボーッと見入ってしまう。
至近距離に迫られ情熱的なキスをする場面で、ふと視線を感じる。
森山さんがお茶をすすりながら私を見ていた。
「……っ!!」
すぐにテレビから目を離し、仕事の資料をいじくりまわす。
…恥ずかしい。
これじゃ、私があんなロマンスを羨んでいるみたいじゃない…。
心なしか、森山さんがクスッと笑ったような気がした。
デスクに置かれた小さな鏡にうつる私の頬は赤く染まっている。
こんな事で赤くなる歳じゃない。
私はもう32なんだから…。
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グループ交際を楽しむ男女がピクニックをする場面に切り替わった頃、私の心臓はやっと落ち着き始めていた。
「うわ〜、いいなぁピクニック」
ゆりちゃんは仕事もそこそこに、いつものようにドラマに夢中だ。
「そろそろ桜が咲くもんねぇ。あ!お花見しよっか!」
「したいですぅ!そういえば去年は、私が風邪ひいたんだ〜」
「そうそう、冬に現場入りが多かったもんね」
私とゆりちゃんは、顧客と共に現場へ足を運ぶ機会が時折ある。
男たちは職人らしい者ばかりで、接客には向かないからだ。
「おうおう、今年も花見するか。森山も入ったしな!」
親方が言うと、森山さんは「ウッス」と小さな声を出して首を動かした。
「お義父さんにも伝えておきますね」
「私、桜の見頃、調べまーす♪」
ゆりちゃんはウキウキした様子でパソコンを操作する。