メランコリック・ウォール
第6章 長電話
「…そんな疲れた顔してる?!」
私はデスクに置いてある小さな鏡を覗き込み、クマやシワがないか確認した。
「ぶはっ。そういう意味じゃなくて(笑)アキさんってあんまり外出ないって言ってたからストレスたまりそうだなーって、勝手に思った」
「あぁ…うん、出ないねぇ。なあに?気分転換にどっか連れてってくれるの?ふふ」
冗談で言ったつもりだったけれど、森山さんは閉じていた目をひらいて私を見た。
「ご希望なら、どこへでも」
本気か冗談か分からない笑みで言い、煙草を揉み消した。
「どこ行きたい?」
「えっ…と…」
「…困んないでよ(笑)もしどっか行きたくなったら電話でもして。」
「ん…うん、ありがとう。”ちょっと優しい”ね」
「おい(笑)」
すると外からトラックの音が聞こえた。
「おはようさん」
程なくして親方が入ってくると、私は用意していたお茶を差し出す。
2人は一服しながら今日の現場の確認をすると、仕事へ向かった。
扉を出るとき、振り返って片手を上げてくれたのは、これが初めてだった。
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それから平凡な日々が続き、桜もすっかり葉桜になった5月後半。
夕方になり、現場に行っていた4人が帰ってきた。
「お疲れさまでした」
いつものようにオサム以外の3人にお茶を淹れる。
オサムは熱い飲み物は嫌だと言い、飲まないから。
誰も気にしていないけれど、お茶を置いたとき「ありがとう」と目を見てくれる森山さんが日々の癒しになっていた。
男たちがそろって煙草をくわえた頃、外でエンジンの音がいくつも聞こえ、やがて戸が開いた。
「おつかれさーん」
「ういっす」
「おー」
どやどやと男たちが何人も入ってくる。
皆このあたりの業者で、大工やエクステリアの職人など仕事で一緒になることも多い人たちだ。
夏の大きな現場には、勢揃いで現場入りする予定になっている。