メランコリック・ウォール
第44章 夫の手
女性はキョウちゃんにハグをし、ほっぺを触り、現地の言葉で喜びの声を上げた。
ひとしきり盛り上がったあとで私を見ると、女性はシワのある顔でにっこりと笑った。
「キョウヘイカノジョ?カワイイネー!ナマエ?」
「あっ、えっと…アキです。」
「アキデス?」
「あ…アキ!」
私は自分を指差しながら、アキ、とハッキリ言った。
「ア~!アキ!OK、アキ。」
そんな私たちを見てキョウちゃんはケラケラと笑っている。
「イツキタ?アシタクル?」
「明日、日本に帰る。」
「オゥォ…モウカエル?」
「うん。でもまた来るよ」
「ゼッタイクルネ?」
女性は寂しそうな表情を浮かべ、それから瓶ビールを2本とフルーツを持ってきた。
「ノム!」
「あぁ、ありがとう(笑)相変わらずだな」
「アイカ…ヮ?」
「10年前と変わってないなってこと」
「アァ、ソウ。ソノママ。アハハ!」
通じ合っているのかいないのか分からない、曖昧な空気感がやけに心地良い。
それから2時間もそのお店に滞在し、最後にキョウちゃんは持っているお金のほとんどを女性に渡した。
最初に聞いていた話で計算すると、現地の人の月収の半分ほどの金額になるはずだ。
「オゥ…キョウヘイ、ダイジョブ?moneyタクサン」
「うん。もう日本帰るから。」
「Thankyou…ホントニ…」
女性は両手を合わせ、お辞儀した。
それからインドネシアのインスタント麺やお菓子をどっさり渡され、惜しみながらも別れた。
「あのおばちゃんさ、12年前くらいかな…旦那さん亡くしてるんだ、病気で」
「えっ…そうだったの…。それでお金を?」
「あぁ、うん。今までも随分良くしてもらったしな。帰国するとき必ず泣いてたけど、今日は我慢してたな。ふふっ」
事も無げにバイクを運転するキョウちゃんに、ぎゅっと抱きついた。
「私も一緒にまた…来たいな。あのお店」
「ん。来よう。」