メランコリック・ウォール
第45章 衝動
長い間、つながったまま抱き合っていた。
「ごめん、乱暴だった…」
「ううん。」
いつもの優しい目つきに戻った彼は、また慈しむような口づけをくれた。
…
翌日、私たちは2人だけのお花見に出かけた。
「ここに座ろうか」
持ってきたサンドイッチやサラダを広げ、あたたかい日差しの中ランチをする。
「あれから1年か…。」
しみじみと桜を見つめる彼の横顔に、私も微笑んだ。
「あっという間だったね…。」
「ん。…1年前から変わってないから、言うけど」
「うん?」
「俺の残りの人生、ぜんぶアキにやる。そのかわり俺は、アキの全部がほしい。」
目が合い、優しく頬に触れられる。
悲しみも帯びているその瞳が、少しだけ潤んでいるように見えた。
…
5月に入り、私は離婚届を手にしていた。
丁寧に自分の欄へ記入し、印鑑を押すと慎重に封筒へしまう。明日の夜、オサムにこれを渡すつもりでいる。
すでに整理を進めた自室には最低限の荷物しかなく、それを少しずつダンボールにまとめる日々が続いていた。
家を出ることや離婚を申し出る事について、もちろんキョウちゃんには相談していた。
ひとまず俺のアパートに来いという彼は、他のどこへも行くなと珍しく心配した。
私が行きたい場所など、ひとつしかないのに―――。
翌日、いつもどおり現場から戻ってきた作業員たちが帰っていく。
「ファイトです」とささやき、ゆりちゃんも出ていった。
筑前煮とおひたし、天ぷら、味噌汁。
普段となんら代わり映えのない食卓を前に、義父が「いただきます」と食べ始めた。
オサムも無言でおかずを口に運び、なかなか食べ始めない私を見ようともしない。
「…お話があります。」
義父は私を見て箸を置くが、オサムは相変わらず食べ続けている。
「おい、聞いてんのかお前?」
義父に言われてやっとしぶしぶ箸を置き、めんどくさそうに私を見た。