メランコリック・ウォール
第46章 地植え
仕事は日雇いなので、現時点で決まっている勤務日が終われば離れる事が出来る。
それから数週間は、2人で親方の元へ挨拶に行ったり、荷造りをしたり、粗大ごみを処分したりで忙しかった。
私はオサムが今はふてくされているだけで、少し経てば離婚に応じてくれるだろうと安易に考えていた。
既婚者でありながら恋仲の男性と遠くへ引越すなど、とても人様に言えることではない。
けれど、もう戻れない。
彼の故郷で暮らしたい…―――。
引越しがせまったある日、義父から着信が入った。
ここらで、報告しておかなければまずいだろう。
私は意を決して電話に出た。
「もしもし…」
「アキちゃん。森山くんのところにいるのかい?ちゃんと食べているのか?」
「は、はい…。ごめんなさい、勝手なことして…」
「帰ってきてくれ。頼む。あいつも待ってる」
それが嘘だとは分かりきっている。
「私は…離婚届を書いてくれるのを、離れたところで待っています」
「アキちゃん…」
「…―――引越そうと思っているんです。」
「えぇ?」
「九州へ…」
義父は最初こそたじろいだが、踏ん切りがついたのか開き直ったのか、「そうか。」とだけ言った。
今月はキョウちゃんの誕生日なので、プレゼントは何がほしいか聞いてみたが、一緒に九州で暮らしてくれるなんて一生分のプレゼントだからと念を押された。
本当に他には何も要らないからと…。
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7月、ついに九州へ発つ日がやってきた。
飛行機に乗る前、オサムに電話をかけた。
九州に発つと伝えると、もうすでに義父から聞いていたようで驚きを見せなかった。
置いてきた離婚届については無言を貫き、「どうなっても知らんぞ」と捨て台詞を吐かれた。
どういう意味の脅しなのか分からないまま、私は彼と2人で飛行機に乗り込んだ。
お正月ぶりの九州だが、夏色に変わった町並みは新鮮なものだった。
寒々しかった道のりには樹の葉が青々と茂り、堤防には釣り人の姿も多くある。
本当に来たんだ、来てしまったんだ。
家を出てキョウちゃんと生活するようになってから、どこか夢見心地な日々が続いている。
時折こちらを見ては透明に微笑む彼に、自分の愚かさや汚さがしみる…。