メランコリック・ウォール
第49章 トマト
しんと静まった居間に、17時の鐘がむなしく響いた。
「どうして別れてくれないの?」
「気に入らねぇんだよ。分かんだろ。」
「私が浮気したから?相手が森山さんだったから?あなたは桜子ちゃんと離れてしまったけど、私は今でもこうして森山さんと一緒にいるから?」
「はは。…全部だよ。」
不敵な笑みを浮かべるオサムに、背筋が冷えた。
そして、本当に私とオサムの間にはミクロの情さえ残っていないという最終確認にもなった。
「アキちゃんのお腹には、子供がいるんだぞ。大人になれや、オサム…。」
いよいよ外が暗くなってきた。
下腹部の違和感と、トマトが食べたいという欲に、負け始めている…。
「今日は、もう…行きます。別れてくれるまで待ってるから…。」
私が居間を後にし、事務所の戸を出た時、奥でオサムがタバコに火を付ける音がした。
…
「ごめんな、アキちゃん。あいつ意地っ張りだから、今日の今日ってんじゃあ認めないだろうとは思ってたんだ。これから俺が毎日言い聞かせるから。」
「すみません…お願いします。」
空港近くまでの1時間、ぼんやりと外を眺めていた。
目の端に流れていく街灯は、キョウちゃんを想わせた。
ふと携帯を見ると、キョウちゃんからの着信が1件と、メールが2件入っていた。きっと心配している。
ホテルに到着し、義父に礼を言う。
「いいんだ。わざわざ来たのに、すまない…。離婚届、書かせたらすぐに連絡するから。」
帰っていく義父の背中は、とても職人には見えない、しょんぼりと小さなものだった。
フロントでチェックインを済ませると、久しぶりに1人で眠るということに大きな違和感を感じた。
きっとこれは寂しさなのだけれど、これまでの人生であまり抱いたことのない感情に少し戸惑った。
部屋に入ってすぐキョウちゃんへ電話をかける。
メールは2件とも、大丈夫か?連絡くれ、というものだった。