メランコリック・ウォール
第6章 長電話
「……アキさん?」
「うん…」
「あはは。携帯番号知らないから、誰かと思った。なんかごめん。催促したみたいで」
事務所には名簿があり、現場とスムーズに連絡が取れるように森山さんの携帯番号も記入されている。
私はそこから自分のスマホに登録したんだ。
「事務所からかけるわけにもいかなくて…」
「そりゃそうだね。…ありがとう、電話くれて」
「あのっ…なにも考えずに、かけちゃったの…。何話せばいいかとか… 」
「はは。いいよ、なんでも。何なら、喋らなくても」
受話器の向こうで、優しく微笑んでいるのが分かる。
「無言ってわけにもいかないよぅ!」
「そっか、そうだな(笑)晩メシ食った?」
「うん、今日はね、ムニエルにしたの。鮭のね。森山さんは?」
「今日は牛丼。いや、今日"も"だな」
「すこ家の牛丼?」
「そう(笑)常連。」
「ちゃんと野菜も…ッ…うぅん、えっと…」
おばさんくさい事を言ってしまう自分に気付き、途中で言葉に詰まる。
「ふふっ。男の一人暮らしなんてそんなもんだよ。あ〜、アキさんの手料理うまかったな」
「ふ…普通だよ、普通。」
褒められるのが嬉しい。
いつでも作るよ、なんて言えたらいいけれど、そうもいかないし、なんだか図々しくもある。
それから、森山さんの実家は九州にあることや、母親は亡くなっていて今はもう肉親が父親しかいないこと…ーーー
前の会社が倒産して路頭に迷うところだったが、親方に助けられたこと…ーーー
ほかにも、たくさん話をした。
「それで、」
「うん?」
「どっか、行きたいとこは無いの?」
「…うーん。ずっとお出かけしてないから、浮かばないの。ドライブするだけでも楽しいと思う。ふふっ」
「そんなんでいいの?じゃあ行こう、今からでも」
「い、今から?!」
時計を見るともう夜23時を過ぎていて、私は時の流れの速さに驚いた。
「って、え?もうこんな時間!森山さん、そろそろ寝ないと。明日も早いもんね、お互い」