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メランコリック・ウォール

第50章 渦


右も左も分からない「妊娠」について、マサエさんは嬉しそうにいろいろと教えてくれた。


お父様は、「背が大きくなるか、小さくなるか…」と私たちを見比べ、皆の笑いを誘った。


翌日から、事あるごとに「無理しないように」と3人から何度も言われる生活が始まった。


当の私は、体調も悪くなく、いつもどおり動けるのになぁと思っていた。

けれど、こうして大切にされるのはやっぱり嬉しかった。


食卓には毎回、大量のトマトがどんぶりで出された。食べられるものを、食べられるうちに、たくさん食べておきなさいとマサエさんは言った。






ある朝、携帯に公衆電話からの着信が20件以上入っていた。


私に、なにかに困って公衆電話から連絡してくるような親族はいない…。


まさかとは思いつつ、これもキョウちゃんに拒否設定をしてもらった。

お義父さんからの連絡は、まだなかった。






12月に入り、待ちに待った初めての診察の日がやってきた。

キョウちゃんのお友達である山岸さんの奥さんもお世話になったという産婦人科を紹介してもらった。


キョウちゃんに肩を抱かれ、緊張しながら自動ドアをくぐる。


「初めてですか?保険証をお預かりします。」
受付の女性に言われ、急いで財布から保険証を取り出した。

書かれている姓名は、当然”椎名アキ”。

分かってはいても、なるべく目にしたくないものだった。



「椎名さあん。椎名アキさぁん。」


しばらくして、名前が呼ばれた。


…キョウちゃんは何を感じただろう。

自分の子を宿した女の姓が、自分とは異なることに…―――。


担当の先生は、40代くらいの男の人だった。


おおらかそうな表情とふっくらしたお腹が、黄色いクマのマスコットキャラクターを連想させた。


「えぇっと…椎名さんですね。初めまして。」

「は、初めまして…っ」


先生は私の記入した問診票を見ながら言った。

「今日は、検査薬で陽性が出たんですね?」

「はい。」

「うん。それじゃあまずは、おしっこ取らせて下さいね。」

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