メランコリック・ウォール
第8章 同意の上の
[すみません、北口です]
という最後のメッセージを見つめ、私は今日…ついさっき起こったことをなるべく冷静に考えた。
迎えに来てくれて…キスをして…
舌を絡めて……首にもキスを…。
思いだすだけでおかしくなりそうなほど、体の芯が高揚しているのが分かる。
ハッとして鏡で確認すると、首筋には淡く赤らんだ跡が残っていた。
森山さんとのキスに悦び、その先を望んでいるーーー
そんな自分に気付かないふりをして、明日もいつも通り過ごさなければならない。
思いを振り切るようにシャワーを浴び、ぺこぺこになった空腹を満たすため冷蔵庫をあける。
残り物を適当に食べている頃、時刻はもう22時過ぎ。
…
自室へ戻りベッドに入った頃、1階からドタンドタンと音が聞こえる。オサムが帰ってきたんだ。
相手をしたくない、このまま眠ろう。
「アキーー!」
そんな思いも虚しく、廊下から呼ばれる。
はぁ……ーー
大きなため息をつき仕方なく部屋から出ると、だらしなく襟元のヨレた姿のオサムがいた。
「おう、風呂わかしてくれや」
「……」
すれ違うと、きつい香水の匂いがした。
またスナックにでも行っていたんだろう。
この人は、私が今日1人で現場に行ったことも、大雨で困ったことも…森山さんに迎えに来てもらった事も、足が痛かったことも。何も知らないんだ。
彼とキスしてしまった事も…ーー
私は黙って湯船に湯を張り、言葉をかわすこともなくベッドで目を閉じた。
-----
翌日、ほとんど眠れなかったせいで浮腫んだ顔に化粧をし、事務所へ出る。
パソコンのメールを確認してから、おもての掃き掃除へ出た。
…
しばらくして、すぐ目の前を森山さんの車が通り過ぎる。
「えっ…?」
ドキリと心臓が硬直した。
駐車場に車を置いてやってきた彼は、伏し目がちではあったけれど私を見て「おはよう」と言った。
「お、おはよう!今日は現場直行じゃ…?」
「それが、行ったらまだ現場入り出来るような状態じゃなくてさ。親方に連絡して、とりあえず戻ってきた」
「そうだったの…」
どうしても、気まずくなりたくはない。
昨夜森山さんが口にした、「もうしない」という言葉…。どうにも引っかかってしまう。