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メランコリック・ウォール

第8章 同意の上の


「昨日はありがとう。お迎え」


「いや。」


「…良い天気だね?あっ、お茶淹れるね」


とっさにそんなことを口走ってしまったけれど、空には雲がかかっていた。



一緒に事務所へ入ってお茶を淹れると、彼はいつものようにお礼を言う。


気まずくないわけではなかったが、ひとまずは普通に接することが出来ている。



「ね、アキさん」


「なあに?」


「……」


ごめん、とでも言うのだろうか。

それとも、なにか別の会話を始めるのか。


森山さんが一瞬黙る。



「え、なに?どしたの?」


「あのさ、ここ…」


彼は自分の首を指差した。



「…?」


デスクに置かれた小鏡を確認すると、昨晩森山さんが残した淡い跡がブラウスからのぞいていた。


「あっ…!!」


私はとっさに手で隠し、彼を見た。


彼はなんとも言えない表情で、でもどこか微笑んでいるようにも見える。



「アキさん、俺……ー」


「ごめんなさい、わざと見せてたわけじゃないの…!」



見当違いな言葉を発してしまい、恥ずかしくなる。


森山さんはとっさに少し笑ってから頭をぺこっと下げた。




「ごめん。本当に。」



「……それは…どういう意味の?」


「どういう意味って…我慢できなくて?…っていうか」


「…ふふっ。気にしないで。私も…拒まなかったし…」



「…」



「…」




少しの沈黙。


でもなぜか嫌じゃなかった。


森山さんは立ち上がり近づいてくると、私の首元を覗き込んだ。



「昨日は暗くて気付かなかった。痛かった?」


「う、ううん…大丈夫」


「上目遣いやめろってば(笑)」


「だからそれはっ…森山さんが、大きいか…ら……ー」




私の手首を優しく掴んだ森山さんは、これまでになく真っ直ぐに私を見つめた。


「…怒ってないの?」


容易にふりほどく事ができるほど優しい力だった。



しかし私はふりほどくどころか、ゆっくり伝わってくる彼の体温の心地よさに震えるほど悦んでいた…ーー。


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