メランコリック・ウォール
第8章 同意の上の
「お、怒ってないよ」
「なんで?」
「なんで、って……。
嫌じゃ、なかったの…」
「…そんなこと言ってると俺、またしちゃうけど」
「…っ」
「いいの?」
…ーーー。
かすかに唇が重なる。
羽根がふわりと触れるようなキスで、少し顔を背ければ避けられた。
まるで試されているようだった。
それでも私は彼の口づけを受け入れ、目を閉じた。
「ねぇ、どうなの…ーー」
刹那の口づけの後、森山さんが言う。
「どうって…」
「俺、またアキさんにこうやってキスしていいの?」
「んぅ…」
「ん?何?」
甘い声が耳を掠める。
「い、いい…」
へんてこりんにも聞こえるその返事に、彼はククッと小さく笑った。
「いいんだ?ふふっ」
「ど、どうして笑うの?!もうっ…恥ずかしい…」
「ごめんって。ね、こっち向いてよ」
見つめ合うと、彼は私の首についた赤い痕を指でなぞった。
「森山さん……」
「キョウヘイっていう名前なんだけど」
ぐいっと腰を引き寄せられ、今度は深い口付けをした。
「んっ……んはぁ…っ」
2人から甘い吐息が漏れ、混ざり合う。
今にも腰が抜けそうなほど気持ちが良い…ーーー。
そのとき、戸の外から人の気配がした。
すぐに身体を離すと、カラカラと音を立てて戸が開いた。
「おはようさん。…なんだあ?2人して突っ立って」
親方がいつもどおりの挨拶でやってきた。
おそらく怪しまれてはいないが、私は異常にそわそわしてしまった。
森山さんは平然を装いながら、「アキさん、明日の現場の書類ってこれ?」なんて言っている。
「う、うん。これと…あと、これも」
すると彼は耳元で、「また連絡していい?」とささやいた。
親方は煙草に火を付け、今日入る予定だった現場について小言を漏らす。
「ったく、しょうがねえよなぁ。」
私がそっとうなずくと、森山さんはソファへ戻っていった。
2人が今日の現場について話している間に、私は急いで自室へ行きストールを引っ張り出す。
首に巻いて事務所へ戻ると、やがてオサムたちも降りてきて、オサムと義父はいつものように現場へ出かけていった。